TOP > 中推協だより一覧 > 中推協だより154号
 

ライフサポーターの集い

中推協だより第154号
●第154号 目次(2024年2月24日発行)

(すべての記事は会員専用ページ内の154号でご覧になれます。)



「養生訓」「養生七不可」こそがアクティブシニアの元気の源だ!


東京都中推協 会長 青木 稔

梅のつぼみも可憐な花を咲かせ、さくら陽だまりに春を感じる頃となりました。会員の皆様におかれましては、お元気でお過ごしのこととお慶び申し上げます。

今年は例年にも増して気温の変化が激しく、気温一桁の翌日には20度近くに上昇まですることが珍しくない日もあり、春光とはいいがたい季節でもあります。 長く続いたコロナ禍における様々な規制・制限が解け、街に活気が戻ってきているのですが、インフルエンザや風邪の流行、花粉アレルギーなど油断大敵な日が続いています。

さて、2月10日(土)には恒例の「新春のつどい」を25名のご参加をいただきまして文京区民センターで開催いたしました。さらに多くの会員様より新春のメッセージが寄せられました。 この紙面をお借りして、厚く御礼を申し上げます。例年「新春のつどい」は2月の中旬頃に開催しておりますが、今年は旧暦の旧正月(2月10日)にあたったことから、新暦・旧暦のお正月を迎えての縁起の良い”つどい”となりました。 毎回皆様とお会いして、そしてメッセージを拝読して強く感じることは、皆さん”精気溢れ、闊達で、満面笑顔”で、まさにアクティブシニアとしての振舞いに大きな感動を隠し切れなかったことです。 巷には数えきれない健康情報が飛び交っております。こんな時代だからこそ、先人たちの知恵、経験、当時の科学的知見を振り返ることで、生きがい、更なる気づきが生まれてくると思います。

古来より、健康・長寿は人々の関心事、願いであったのですが、代表的な書物として貝原益軒の『養生訓』が挙げられます。 貝原は黒田藩(福岡県)の藩士の五男として1630年12月(寛永7年11月)の生まれです。平均寿命が40歳を下回っていた江戸の時代に85歳まで生き、最期まで認知症や寝たきりになることなく健康長寿を体現した人物です。 『養生訓』の養生思想の主なものは、気の考え方を重視し、自分の体は自分で養生し、病気に ならないように予防し、心身の健康を保つ責任は自分自身にあると説いています。 また、バランスのとれた食事と適度の運動、良質な睡眠、そしてストレスは避けて心を穏やかに保ち、楽しみを持って元気に過ごす。 欲を制して控えめな生活をすることが健康長寿につながると説いた貝原の養生思想は、現代の健康法と何ら遜色のないことに驚かされます。

もう一人の医学者、杉田玄白をご紹介します。杉田は蘭学医であり、若狭国小浜藩医でもありました。 享保18年9月(1733年10月〉生まれで、84歳で亡くなっています。貝原と同じく長寿だったのです。 杉田は、オランダの解剖学書を前野良沢とともに翻訳し、日本語で書かれた初の解剖学書『解体新書』として、安永3年(1774年)に刊行しています。 杉田が70歳の古希を迎えるとき、健康で長生きするための秘訣であった『養生七不可』を提唱したと言われています。その『七不可』とは、、、。
�@昨日非不可恨悔(昨日のことは恨んだり悔やんだりしない)、�A明日是不可慮念(明日の事をあれこれと思い悩まない)、�B飲与食不可過度(飲み過ぎ、食べ過ぎをしない)、 �C非正物不可苟食(不自然なものは食べない)、�D無事時不可服薬(なんでもない時は薬を用いない)、�E頼壮実不可過房(元気だからといって過ごさない)、�F勤動作不可好安(まめに身体を動かして、安逸に流れない)です。 杉田は、七不可を守り、気の合う仲間たちと積極的に交流して、充実した晩年を過ごしたと言います。

まさに『養生訓』と『養生七不可』の教えは、東京都中推協の会員の皆様の日常生活と活動のエネルギーと合致する、いやそのものなんですね。ますます毎日を「ご安全に」「ご健康に」お過ごしください。

(了)

中推協だより 第154号 2024年2月24日発行 発行人:青木 稔 編集人:竹内治之、小矢野正夫
(C)NPO法人東京都中高年福祉推進員協会
↑